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濃尾平野の最北、伊吹山の麓にある岐阜県大垣市。この地に明治35年、渡辺酒造醸は創業しました。創業から100年以上経った現在も地元の方々に愛され続けるため、”この地”“この蔵”でしか出せない味にこだわり、追求しています。そして、創業者 渡邊角次郎さんの時代から、代々酒造りと真摯に向き合ってきました。4代目の杜氏 渡邊愛佐子さんは、先代の技術を受け継ぎながら、自分にしか出来ないお酒、飲んでいただけた方に美味しいと言ってもらえるお酒を追求しております。

大垣は古くから、豊富な湧き水と数多くの清流が流れていることから「水の都 大垣」と呼ばれており、渡辺酒造醸でもその湧き水を使用しています。「名水あるところに名酒あり」といわれるほど、日本酒にとって水は欠かせないものです。近年、奥長良川にある高賀山から湧き出た天然水「高賀の森水」も使用し、新たな酒造りも日々行っております。

 

 

 

 

 

今から210余年前の文化3年(1806年)上志比の庄で酒造りを始めました。永平寺テロワールで生産量を追わず、風土から来るおいしさを極めるために、手造りによる丁寧な酒造りを行っています。麹は全量手造り、米洗いも限定吸水、仕込みごとの個性を大切に、米と水の力を最大限にいかす郷酒は、「明日への力水」で「濃醇できれいなお酒」を目指してます。そして、真摯に米作り、酒造りの進化に尽力します。

 

醸す人

杜氏は、蔵元の次女 吉田真子さん。営業、製品、田圃担当は、蔵元の長女夫婦 吉田大貴さん、祥子さん。そして、蔵人は永平寺町在住で、春から秋には一緒に米作り、冬には酒造りをしています。白龍は、お客様の笑顔のためにこれからも、米作り、酒造りをとことん追求していきます。
 
 
 
 
 
 
戦国時代、信州より越後へ移り住み開墾した後、江戸後期より酒造りを始めました。酒造りを営み続けて170余年、恵まれた環境の中、優秀な酒米と清らかな水を原料に、受け継がれた技と道具を用いながら、先人たちの熱い思いと絶やさぬよう蔵人一丸となって酒造りをしています。
また、蔵を切り盛りするのは女性の長谷川専務、酒造りは弟の昭郎さん、営業担当を娘の裕子さんが行い、酒蔵の歴史と味を守り続けています。
 
 
 
 
 
 
 
 
江戸時代享保年間1830年より続く、愛知県一宮市唯一の酒蔵です。十六夜日記にも出てくる真清田神社、徳川幕府も訪れた石刀神社の神酒として、長年伝統を守っております。写真の左側は蔵人の佐藤厚子さん、右側は営業担当の姉 佐藤博子さんです。
 
 
 
 
 
 
 
知多の酒造りは元禄元年(1696年)当時尾張藩の御用商人であった木下仁右衛門が保命酒と呼ばれる薬用酒をつくり、壷に入れて献上したのが始まりといわれています。元禄十年ごろから江戸への出荷が始まり、知多は一大産地へと発展していきます。澤田酒造株式会社 社長 澤田 薫(さわだ かおる)さんは、愛知県常滑にある澤田酒造の社長。2015年10月、お父さまの研一さんから引き継がれました。 
 
 
 
 
 
 
 
明治2年(1869年)に佐藤家6代目の嘉兵衛が酒造業を始めました。当時の銘柄は「白雪」。それが何故「十(じゅうじ)旭日」に改名されたのか。その理由は、明治40年に山陰地方巡行の大正天皇(当時は皇太子)に随行された、木戸孝正侍従長への献上酒が”天下一品の美酒なり”と賞賛され、「旭日」の揮毫を受けたことにはじまります。また七代目当主、文造が日蓮宗の霊場である能勢の妙見山を篤く信仰しており、妙見の紋章「矢筈十字」をお守りとして大切にしていました。この十字と旭日が合わさり、「十旭日」という銘柄が誕生し、今日まで大切に使用しております。
「十旭日」が代表銘柄の旭日酒造は、島根県出雲市にて、お酒を醸されています。蔵元の娘 寺田栄里子杜氏を中心にご主人、蔵人の人々が、がっちりとスクラムを組み、見事なチームワークで酒を醸されます。
その酒質は、質実剛健とでもいうのか、中心を貫く凛々しい酸がその骨格を形成し、強く、およそ女性杜氏が醸しているような趣はありません。
これは使用する水が超硬水であることも起因するのかもしれませんが、とても安心できる酒質です。
 
 
 
 
 
 
 
ロゼワインのような桜色をした日本酒「伊根満開」や1993年のNHK 連続テレビ小説にちなんで造られた「ええにょぼ」、伊根町の定番酒として地元で親しまれる主力銘柄の「京の春」などでおなじみの向井酒造。海沿いに約230軒もの舟屋が立ち並ぶ重要伝統的建造物群保存地区にある「日本で一番海に近い酒蔵」として、また、全国的にも数少ない女性杜氏の活躍する蔵として、丹後地方ではよく知られた存在です。
 
 
 
 
 
 
 
 
県下第二の人口を擁する姫路市は、播磨地域の中心都市。国宝であり世界遺産にも指定されている姫路城の城下町として古くから栄え、豊かな伝統文化を育んできた。ここ姫路の地で創業104年を迎える酒造メーカー「灘菊」。その蔵元の三女として生まれた川石光佐さんは、東京農業大学で醸造学を学び、南部杜氏 鎌田勝平さんの下で3年間修業した後、灘菊の杜氏に就任しました。
平成22年、試験に合格して女性としては西日本で初めての南部杜氏となり、今年5月には自らの手がけた2つの日本酒が南部杜氏の鑑評会で優等酒に選ばれました。
実家の蔵で、姫路ならではの酒造りに取り組んでいます。
 
 
 
 
 
 
 
 
伊賀忍者の里、松尾芭蕉生誕の地として知られる三重県伊賀地方は実はおいしい米と水の故郷です。その地に位置する森喜酒造は、すべて手造りの少量生産。それゆえに希少価値も高く全国の美酒マニアたちに注目されている蔵元です。また、酒造りの前に米作りと考えております。特に純米酒の原料は米だけですので益々原料米の影響が表れます。原料米の選択はもちろんですが、どのような米作りがなされているかを見極め選択するのもつとめだと考えています。
 
酒造りに使用する米はすべてを見極めえるのは不可能に近いのですが、小社専務 森喜るみ子さんを中心に山田錦を作っております。お酒造りのかなめである麹造りの責任者が森喜るみ子さん。名前を聞いたことがあるようなと思われた方はかなり通の方です。漫画「夏子の酒」(講談社)で知られる尾瀬あきら先生みずから命名しラベルを書かれた「純米酒 るみ子の酒」のモデルなのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
いつも当蔵のお酒をご愛飲いただき、誠にありがとうございます。六代目蔵元の娘で技師をしております長谷川聡子と申します。当蔵では女性の蔵人は私がはじめてのことで、入蔵より今日まで杜氏の指導のもと「いつか自分のお酒が造りたい」という想いを胸に酒造りの勉強をしてまいりました。このたび、蔵元、杜氏の許可を得て、私が仕込みをまかされたお酒『さとこのお酒』を発売することになりました。 小さな酒蔵の娘が造ったお酒ですが、皆様に味わっていただければ幸いです。 これからも、酒造りに励んでまいりますので、よろしくお願いします。
 
 
 
 
 
 
 
 
創業1844年(弘化元年)。秩父の山々につながる周囲は大自然に囲まれた人口一万人の越生の町で長年酒造りをしてきた蔵です。年間の生産量は約500石。20代を中心とした4名で「目の行き届く量で丁寧に」手造りのお酒造りを行っている活気あふれる蔵元です。越生唯一の酒蔵で、創業以来初となる女性杜氏が誕生しました。
26歳の佐藤麻里子さんはきめ細かやさ、きれいな状態で酒造りがしたいとお話しされました。
佐藤さんが初めて作ったのは女性の人にも飲みやすい日本酒です。
 
 
 
 
 
 
 
 
アーケードの商店街にあり古い商家のようなたたずまいの平井商店。正面の大きな暖簾で隔てられた奥は、実は日本酒の仕込み蔵になっています。
冬、酒造りのシーズンにお店に入ると、よい香りが漂ってきます。銘柄は「浅茅生(あさぢを)」といい、後水尾天皇の皇子・聖護院宮道寛親王から賜った和歌から命名されました。
 
創業は万治元年(1658年)。当時大津は琵琶湖の湖上交通の要衝であり、物流の中継地として栄えてきました。また「大津酒」という言葉があるほど酒造りも盛んでした。
それから350年余り、代々襲名してきた八兵衛の名前を継ぐ当主の平井さんは17代目、そして、娘 弘子さんが18代目です。平井さんは商社マンとして海外勤務を経験した後に家業を継ぐことを決意し、自ら杜氏の修行を始めました。今でこそ滋賀では珍しくない蔵元杜氏の先駆けともいえます。